さまよう刃 / 東野 圭吾
東野作品を読むのは2本目
親友の I ちゃんセレクトによるもの(関連記事)
返却期限なしで借りられるのは本当にうれしいなぁ
と、めちゃくちゃ時間がかかるようなことを言いつつ、本書
あまりのおもしろさに1日(実質6時間ほど)で読み切ってしまった
読んだのは2004年12月30日発行の朝日新聞社刊のハードカバー¥1700
ごっつぁんです!
主人公の長峰(会社員)は娘の絵摩(高校生)と二人暮らし
その絵摩が花火を見に行った夜
帰り際に若者グループに拉致され
筆舌に尽くしがたい蹂躙を受けたうえ殺害される
悲しみと怒りの中で父親の長峰は
自ら復讐することを始める・・・・・・
という話
本書はどちらかというと
ストーリーの内容というよりはその展開力で読ませる
あらかじめ加害者・被害者がはっきりしているし
誰が主人公であるのかも明確だ
謎解きや複雑な設定があるわけでないが
どこまでも緊張感溢れる場面の数々が
先へ先へと読み手を誘っていくのである
これを読んでいる最中
何かのエンターティメントに似ているな、と思ってあれこれ思案していると
それがハリウッド映画の「逃亡者」であることに気づいた
外科医役のハリソン・フォードが逃げまくり
連邦保安官役のトミー・リー・ジョーンズが追いかけるあの映画
あれが大層おもしろくて僕は大好きなのだが
どこかオーバーラップしてしまった
銃を持って犯人を追う長峰は
まさにハリソン・フォード的な雰囲気
トミー・リー・ジョーンズ役の警察官も登場するにはするが
そっちの方は残念ながら「逃亡者」ほど魅力的ではない
ただし、本書には別のそこそこ魅力的な人物が登場する
それはまあ読んでのお楽しみ
本書の根底に据えられたテーマは司法のあり方
それから犯罪に対する人々の意識加減を問うている
具体的には少年法や刑罰のあり方についてなのだが
それらの社会的問題をけっこう正面からズバズバ書き込んでいる
ここでは、件の少年法による制裁がひどく物足りないものとして
あるいは”精神鑑定”なるものによる不起訴などのケースを問題として
犯罪被害者自らをいわゆる”仇討ち”に向かわせ
被害者感情を救い上げようとする(ように思える)
だから、読者はエンターティメントを楽しむことと同時に
その面では一定の思考を要求されることも確かだ
――もし自分が長峰の立場だったらどうするのか――
この大命題が嫌と言うほどひしひしとふりかかってくるわけである
少年法、死刑制度、精神鑑定、裁判といった非日常の事柄に対し
否が応でも意識を向けさせられるわけである
裁判員制度がいよいよ始まるのを前に
意識を司法のあり方に向けさせるという意味でも
本書には一定の意義があるだろうと思う
ただし、留意しておきたいことは
その司法云々における現実的な部分については
本書とは別のところにある意見(つまり少年法強化や刑罰強化ではない方向)にもしっかり接しておくことが必要だということ
世界の趨勢が死刑廃止方向であることは現実であり
やはりそこには何らかの意味があるのだろうと思うし
そもそも命の奪い合いで感情が果たされるものなのかどうか
そのへんの倫理的な部分も含めて考える必要があるだろう
問題や課題は刑罰のあり方そのものにも確かにあるが
実際には犯罪に関わる様々な社会的側面にも多くあり
それらの認識あるいは問題確認なしに
いきおい刑罰や感情だけを語ったのでは
一方的な復讐許容社会に向かってしまう恐れすらある
それが国家的に正々堂々と行われること
また知らず知らずのうちに私たちが許容してしまうということには
十分注意をはらっておかなくてはならないと思う
もっとも、僕自身、死刑制度や刑罰強化、裁判員制度などについて
明確にこうだと言える意見はまだ持ち合わせていない
全く勉強不足だと自分でも思っている
というところで、参考までに
ずっと前にこのブログで取り上げた『狂気という隣人』(岩波明・著)も
一読をすすめたい本である
- [2008/08/26 ]
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駆込寺蔭始末 / 隆 慶一郎
もう結構な冊数の隆作品を読んでいる
どれだけ読んでも飽きないので
古書店などに立ち寄る度に必ず探すことにしているのだが
先日また一冊見つけたので即購入した
1990年2月に光文社より刊行された本書
読みは「かけこみでらかげしまつ」
僕が買ったのは徳間文庫版で2000年4月発行のもの
定価は\457だけれど
古書値段\○○○で購入した
舞台は鎌倉・松ヶ岡東慶寺
それとこの寺の門前にあるせんべい屋
寺の方は女性が助けを求めてやってくる駆込寺
一方のせんべい屋といえば実は
この寺(正確には寺の主である玉渕尼)を守護する役目を担っている
せんべい屋は木曾谷の忍び夫婦がやっていて
寺を安寧に保つべく常に目を光らせている
せんべい屋にはもう一人
「麿」と呼ばれる居候の若者が住んでいる
めちゃくちゃ腕の立つ公家の若者で
実はこの御仁こそが寺を守る役目を負っている人なのだ
物語は4話に分かれていて
いずれも麿や玉渕尼、せんべい屋夫婦が活躍するわけである
駆け込み寺というのは一般的な公権力が及ばない所で
いわゆる一種のアジール(隠れ家)的存在だった
そこでは人々は「無縁」の者として身を守られるわけだが
こういったテーマ(漂白民・放浪民・無縁者など)は隆作品において
故・網野善彦(歴史学)の影響によるものであることはよく知られている
本書もその線に沿ったものであることは明確で
隆作品の中でもとりわけ
市井の人々における愛や激情や苦悶が描かれているもので
あるいはその生々しい描写やストーリー構成から異色作と言えるかもしれない
しかしながら
『吉原御免状』でもそうであったように
主人公が持つ驚くほど純真で美しい心というものが実にうまく描かれていて
そこはかとない美しさが何かの拍子にしっかり漂うのである
隆作品における、息詰まる戦闘シーンの迫力は確かに醍醐味であるが
儚げながらも理(ことわり)に満ちた登場人物の有り様というのも
それに負けず劣らず魅力である
「動」と「静」の両方の魅力
隆作品にはどの作品にもそれが貫かれている
- [2008/08/12 ]
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前線通過一時間前
- [2008/08/05 ]
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波、しずか
- [2008/08/03 ]
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12時の海
- [2008/08/01 ]
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